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噛め噛め

ちょっとだけ豊かになる短編アニメーション&映像の話

はじめに

この記事はAT2017 Advent Calendar 9日目の一環として書かれています。A&Tについては、17のモハちゃんが説明してくれてます。ありがとう。
A&T前代表 兼4年目ということで、老害ではありますが、しばしお付き合いください。

きっかけ

なぜ短編アニメーションについて書くのか。それは、僕は卒業プロジェクト(通称“卒プロ”)として短編アニメーションを作っていて、昔から好きだったこともあり、この機会にまとめてみたい!と思ったからです。

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  (↑ 卒プロとして制作した短編アニメーション《Betweener》より)

概要

短編アニメーションは、短いという点に良さがあります。忙しい時にこそ観ると、壮大な余韻を感じられるからです。いわば温泉のような効能です。しかし、(わかりづらい)といった先入観からか、短編アニメーションが日の目を見ることはあまりありません。ここでは、そんな短くも良さが凝縮された、選りすぐりの短編アニメーションをご紹介します。

まずは:今敏《オハヨウ》

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誕生日パーティ後の一室。そこに一人住む女性はアラームの音で目を覚まし、朝の支度を始める。テレビの音、飲み干す水、浴びるシャワー、それぞれの要素が女性を構成する。「パプリカ」でも知られる今敏監督の一作。朝によく観たくなります。

このあまりにも些細でプライベートな構成が、短編アニメーションならではの魅力だと思います。僕はこの作品をかつて放送されていた伝説の番組、NHK デジタル・スタジアムで知ったのですが、その際に制作時のテクニックも紹介されていて、背景の手前・奥のボケ感について取り上げられていた記憶があります。改めて、世界観は細かな箇所へのこだわりの凝縮なのだと気づかされます。

風景系:《BALLPIT》《such a good place to die》《WONDER》

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カナダのアニメーション作家・Kyle Mowat氏の《BALLPIT》。“アニメーション界のハーバード”とも称されるSheridan Collegeの卒業制作であり、四大国際アニメーション映画祭で知られるオタワ国際アニメーション映画祭においても、最優秀卒業制作賞を受賞しています。

極彩色のオブジェクトが繰り広げる動きは、初めは一つ二つ…と少なかったものの、徐々にその数を増やし、パーツとして連結し、一つの大きな有機体を構成していきます。進化論を彷彿とさせる展開と、この量感を明確に知覚させる動き。そして最後は輪廻転生のように、一つの新たなパーツに回帰する。単純にボーッと、風景として捉えて見ても気持ちがいいです。

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日本のアニメーション作家、小野ハナ氏の《such a good place to die》。僕はこの作品をTOKYO ANIMA!で初めて観て、その日観た作品の中で一番印象に残りました。夕焼けや海を思わせる、鮮やかだけれども抑えられた日本的な色彩、抽象的な線が繰り広げるメタモルフォーゼ、そしてさまざまな動きの衝突から巻き起こるクライマックス…。どの要素も美しく、どの要素も何かを明示しているわけではない。まさにタイトル通り、こんな場所で死ねるならとてつもなく良い、そんな心象風景を静かに表した一作だと思います。たまに寝る前に観たくなります。

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同じく日本のアニメーション作家、水江未来氏の《WONDER》。細胞を思わせるキャラクターが縦横無尽に駆け回り、メタモルフォーゼする、観ていて気持ちよさを感じさせるアニメーションです。初めは白い背景に単純な動きが連鎖するさまだった内容が、徐々に激しさを増し、混沌としていき、そのさまは強大なエネルギーを感じさせます。

この作品、実に1年をかけて制作されており、毎日数秒のアニメーションをアップしている様子が話題になりました。その作画枚数、計8,760枚。自分も3,465枚描いていましたが、その比じゃないぐらい圧倒的な量で、驚嘆の意にとられます。。

あとこの最後に出てくる「アニメーションの素晴らしさに目を覚まさせてくれた 片山雅博先生へ捧げる」。これを見て思わずウルッときそうになって、というのも、《つみきのいえ》で知られる加藤久仁生氏も教わっていた片山雅博先生がこの作品の作られる数年前に亡くなられてしまったんですね。お世話になった恩師一人に対し、計り知れない悲しさを乗り越えようとして、とてつもない時間と労力をかけて、一本の作品を作り上げる作者自身の姿が、この一文で目に浮かんでしまって、それに深い感動を覚えました。

動き系:《LEFT NUDE》《Dialogos》

一旦箸休め的に、肩の力抜いて観られる映像を観てみましょう。

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RCAアニメーション科卒のアニメーション作家、Peter Millard氏の《Left Nude》。本当に疲れてて温泉に行きたい、でも行けない。。。そんな状況下でよく観ています。あえて利き手とは逆の、左手で描かれた稚拙な裸体の線が、謎のオーケストラの音とともに、結合・分裂を繰り返していくアニメーション。

これを初めて観たのは、変態アニメーションナイト2014でした。前後の作品に圧倒的な力量を感じていたせいか、《Left Nude》を観た時は本当に呆気に取られて、ひどく脱力して、でも短編アニメーションてもともとそんな肩の力入れずに観るものじゃ無いんじゃ…?と教えられたようにも思います。ちなみに作者のPeter Millard氏は、RCAの先生から「お前はこんな作品を作るために、わざわざRCAに来たのか…?」と言われた逸話もあるそうです。

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エストニアのアニメーション作家、Ülo Pikkov氏によって作られた《Dialogos》。フィルムに直接スクラッチする技法、シネ・カリグラフで作られた作品です。毎シーン毎シーンが風刺を思わせる構成でありながらも、説教臭くなく、音楽的にすっと観られる感じ、そして観終わった後に後味があっさりしているこの感じ。逆に作者が何を考えて作っているのか気になりますね。。

ストーリー系:《かなしい朝ごはん》《河童の腕》《インターバル》

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日本のアニメーション作家、一瀬皓コ氏によって作られた《かなしい朝ごはん》。クマ?のような主人公が朝食を食べています。ふと鳥カゴを見ると鳥がいません。そして主人公は亡くなった友人を思い出し、鳥のことを思い出そうとする。なぜ鳥はいないのか。わずか2分半という短い時間の中で、生死、そして弱肉強食の構造を考えさせられ、しかもカートゥーン調であるためか増してその意味が深く感じられてしまいます。内容が一目見て頭に入ってくる絶妙な間、そしてストーリーの語り方、構造が本当に魅力的で、ちょくちょく観ては作品制作の参考にしています。

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日本のアニメーション作家、ひらのりょう氏によって作られた《河童の腕》。河童の腕はスポッと抜けます、というコメントにある通り、主人公が友人の河童の腕を抜いたことが発端となり、展開される作品です。さきほどの《かなしい朝ごはん》とは逆で、よくわからなさが特徴的だと思います。途中のカラフルに発光する謎の物体は何なのか、なぜ途中で母親らしき?人物の手紙が映されるのか、なぜ主人公の河童は友人の河童の頭に吸い込まれてしまうのか。その答えは観終わった今でもわかりません。でもなぜか、最後のシーンでは泣きそうになってしまう。よくわからないけれども。

作者のひらのさんいわく、イゴール・コヴァリョフの作品に影響を受けたと語っています。これもまた、一見よくわからないけれどもリアリティある断片の組み合わせでできていて、でも最後の謎のフォークソングがかかると、あぁなんだかんだあったかい作品だったな、という印象になるから不思議です。最近僕も友人と、どうでもよさに良さを感じること、そしてそのどうでもよさのポイントが共通していることが時代を反映しているしおもしろいのではないか、という話をよくするんですが、まさにそのどうでもよさに豊かさの要素が潜んでいるんじゃないかと思えます。

http://www.makisatake.com/photo/w_ph10.jpg

なんか最近寒いので、最後にあったかくなれる作品を紹介して終わりたいと思います。

日本のアニメーション作家、佐竹真紀氏によって作られた《インターバル》。舞台は作者の故郷、北海道の母校の小学校。作者の祖父が撮りためたホームビデオから画像を一コマ一コマ印刷し、印刷した写真を手に持ち、いまの風景と重ねることで、いまと過去の風景が交差する、不思議な感覚の映像が生まれます。

「記録に残る過去の私の姿を通し、母校で記憶の再生を試みる」という一言にみられるように、記録と記憶の狭間としてのアニメーションが、故郷のあたたかな思い出とともに作られます。単純に、祖父の撮りためたホームビデオを娘が再生する行為自体がなんかわからないけれども胸にきますね。。

この作品は今から12年前、2005年に作られた作品で、実は僕が映像を作り始めたきっかけとなった作品でもあるんです。当時僕は小学六年生、休日に父親がたまたまテレビのチャンネルを回すと、NHK デジタル・スタジアムという先述の今は無き伝説の番組でこの作品が流れていました。そこで映像という表現の手段を知って、みかんがサッカーをするとか、コインが人型になるなど、他人に言ったら「は?」と言い返される想像を形にするようになったので、ちょくちょく見返しては懐かしい気持ちになります。

まとめ

というわけで、今回、僕の知る短編アニメーション&映像の中で、観るとちょっとだけ豊かになる?作品を、風景系・動き系・ストーリー系で分けて幾つかご紹介しました。いかがだったでしょうか。分類の基準が若干曖昧な気もしますが、、短編アニメーションならではの良さを少しでも共有できれば幸いです。

告知

来年 2018年1月6日(土)〜10日(水)に、駒場東大前 No.12 Galleryにて、
個展《チューニング》をやります。

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(卒業プロジェクトの一環としての展示です。)

一年間、卒業プロジェクトとして、現代社会における豊かさをテーマに制作してきたので、成果物である《Betweener》と新作《レシートの滝》を展示する予定です。

含蓄のある、考えさせられる展示にしていくべく、いま絶賛準備中です。
新年一発目の展示、是非ともお越しください!

では。よいお年を〜

一区切りついた

一区切りついたのでご報告です。

進捗

院進希望

理由

就活時違和感肥大化→我思「我元々院進希望」

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Slideshare上限定公開人生進捗発表抜粋)

今何中

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Post-truth+人間の欲主題手描き短編アニメーション制作中。

コンペ無双

読書

あとは芸術系の大学院進学を検討しているため、説明会や面談に行きます

告知

7月29日(土)18:00~@イメージフォーラム3F 寺山修司にて
ヤング・パースペクティヴ2017にて拙作《少年と映像》が上映されます

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http://www.imageforum.co.jp/cinematheque/997/index.html

今年で映像を作り始めて10年になり、その区切りとして、10年間にあった葛藤と今の結論を描いたとてつもなくプライベートな短編アニメーションです。もしよければお越しください(お越しになる方は事前に僕に連絡していただけると、割引券.jpgを送らせていただきますのでもしよければ…!)

がんばろう日本

七夕じゃん

は?

ベルリンのあいつとSkypeしていた

最近はたから見れば嬉しいことが起こったんだけども、個人的には嬉しさ30%みたいな感じで、だから誰がおれを見ても「元気ないね」と言っていたし、でも誰に相談しても、そんなの相手からみれば、(忙しいのになんで相談時間とってんだ…)みたいな感じで迷惑がられるんじゃないか、でももはや最適解なんて無いし、もう四年だし、いい加減自分で決めることだ…というループにはまっていて結構憂鬱だった。

今日は、ベルリンに留学してるムサビの友人とSkypeをした。

ちょっと肩の荷が軽くなった。あいつは力の抜き方が上手だなぁ。

BranCo! 準優勝までの振り返り

朝、母親からメールがきた。明日父親の還暦祝いで会食をしたい云々。

父親がもう60代になるのか、と思うと、50代と60代の違い、その境目を強く感じた。

さて昨日は博報堂ブランドデザイン主催のアイデアコンペ、BranCo!の本選に出場し、準優勝と、観客投票数一位でオーディエンス賞をいただいた。166チーム中、164チームをぶっ倒したのは嬉しかった。副賞として五万円分の図書カードをいただき、チームで山分けしました。改めて、投票してくださった皆様、ありがとうございました。

出場しようと思ったきっかけ

BranCo!の存在は大学一年の頃から知っていて、大学一年の時に当時の同居人と出場しようと思っていたものの、関係が悪化(と自分が勝手に思っていた)していたため、結局出場せず過ごしていました。しかし、SFCの先輩方や、Dのインターン先で会った同期の先輩方、など、知っている方々が入賞していて、せっかくだし在学中に出場したい、という思いでいました。が、肝心なのは、“チームメンバーどうしようか問題”です。

この問題は、Hのインターンで解決しました。Hのインターンの同じコースで、それはそれは優秀な、もう、(就職したらこんな奴と張り合わなきゃいけないの…?マジか…)という多摩美・統合の方々がいたわけです。(こいつらと組んで、何か作りたい…)→BranCo!募集要項流れてくる→出よう。という流れです。

そしてチームメンバーどうしようか問題に関して、時同じくSFCで春学期とった授業で、地頭がいいを体現していた友人がいました。大森靖子が好きとかマルチネ好きとか趣味も合って話しやすいし、頭いいな…と思っていたので、じゃあ、多摩美統合の友人二名とSFC友人一名、そしておれで最強チームが組める…!と、半ば直感で二週間くらいLINEグループ作成ができずウズウズして、締切一週間前になって話を持ちかけ、「BranCo!に出ようの会」というLINEグループができたわけです。

一次予選から本選まで

一次予選を通ってから、週2・3回のペースでSkypeをしました。全体の作業としては、インプットの調査量5:構成考える3:ビジュアル2という感じで、だいぶ先行文献を調べていました。ですが、二週間ほど経つと、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ~~
~~~~ ~~~~~~ 中だるみの波 ~~~~~~~ ~
~~~ ~~~~~ ~~~ ~~ ~~ ~~~ ~~~~
~~~~~~ ~~~~ ~~~~ だるみ ~~~~ ~~
~~ なぜこの作業にこれほどの ~~ ~~~~ ~
~~~~ ~~ ~ 時間をかけているのか ~~ ~ ~~~
~~~~~~ ~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~ ~

~~~ ~~~~ ~~~~ ~~~ ~~~ ~~~ ~~ ~
~~ SHUKATSU ~~ 卒プロ進捗.pdf ~~~ ~~~
~~~ ◯◯(志望企業名)_entry.pages ~~ ~~~~~
~~~~ ~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~ ~~~

多摩美統合の友人らは3月10~12日までの展示に忙殺され、またうち一人はテレビ出演で忙殺、そしてSFC生のわれわれ二名は就活、そして春休み特有のだるみが襲ってくる---それはそれは、危険な中だるみ村に立ち入ってしまいました。この村は、「ねぇ、モチベーションだだ下がってない?どうしよう…」と友人が言う回数が、週を経過するごとに比例して増加してゆく村です。そして直前になるとガッ!!!!!!!!!と進捗量が増えるのが、この村の特徴です。知る人ぞ知るサイト「卒制に勝つ!」の「学生タイプ1 時の過ぎ行くままに型」です。そのため本選三日前、公立小学校での教頭先生へのインタビューを決行し、泊まり込みでろくに寝ずに作業を決行しました。結局本選のギリギリ直前に滑り込みセーフで完遂し(本選前の二次予選も昨日の午前中に行われていて、ハプニングがあったものの)、安定感のある友人が自信をもって発表を完遂してくれました。二次予選は通過する自信があったので、喜びもひとしお、本選に挑みました。

実際どう思ったか

ほぼ徹夜に近い状態(40分寝た)だったので、もはや感情という感情が極端に鈍くなっていました。なので、「二次予選通過!」と東大講堂のスクリーンで表示されても、チームメンバー皆ムスッと笑みを浮かべたくらいだったし、「準優勝は…… チームお湯(われわれのチーム名)です!」と言われて、檀上の鳩男(鳩の被り物を被っている白シャツの男)から若い男の人ボイスで「おめでとうございます!」と言われて肩を叩かれても、(優勝じゃなかったか…アー)と思ってしまって、でもライト当てられてるから喜びのポーズを求められているんだよなこれは、と思って、席から立ち上がって、でも気迷った気持ちも混じってしまったので、まるで気功のポーズみたいな感じでゆっくりゆっくり両腕を挙げて、小声で「やったー」と言いました。 

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(本選の結果発表時。こういう感じで東大講堂の檀上に座ってた)

・心がけたこと

中だるみの波への対処

これはすぐにどうしようもならない。高校の時に通っていた塾で先生が「人は、変えるときはドラスティックに変えたほうがいいです!!」と言っていたけども、そんな人はドラスティックに変わらない。そのため、中だるまっても膿を出す感じでグジュグジュ進捗を作るしかなかった。ので、グジュグジュムスムスと進捗をメンバーと作っていた。

食事

食事はその後の話し合いでの気分を変える。小学校調査で辻堂に行ったときも、Hの社員さん(われわれのチームのメンター)と飲んだときも、渋谷で集まって話し合うときも、おれの宅で作業するときも、食事はきちんとおいしい食べ物を食べるようにしていた。コンビニ飯で済ませたことなど、一度もなかった。辻堂で食べたポワレがおいしかったし、渋谷で食べたエスニック料理もおいしかった(店をオススメしてくれたSFCの友人Kくんありがとう)、自宅でつついた鍋もおいしかったし、自宅でメンバーの外食バイトしてるYくんが作った親子丼も、めちゃんこうまかった。もちろん食事がいいからといって、その後の作業効率が劇的にアップ!みたいなことはないけど、ストレスは不思議と全く感じなかった。

似ている人を集める。“思ったけど言えない”のを無くす雰囲気づくり

われわれのチームは、似ている人が集まった。陰と陽でいうと陰で、根は根暗みたいな人々。でも実はうちに込めた能力が凄くて、「他のチームをロジックとセンスでぶっ殺してえ(圧倒したい)」という意志が共通している。たとえばここに、SFCのグルワでよくいる、「わたし~~、イラレとか使えなくて~…、アイデア出しだけならできるんですけど……」みたいな、実際に組んでグルワを行ったら2、3回目のSkypeくらいから突如姿をくらまし霧消するみたいな、(だったらまず「イラレ 使い方」からググってくれ、やる気を見せてくれ頼む)みたいな、(たぶんこういう奴が代理店の営業でうまーく世間と渡り合っていけるんだろうな)みたいな、そういう類の女子を一名でも加えると、本心から思っている本音が言えなくなって、結果的に微妙な結果に終わって「まぁでもよかったよね!結果が3位で」みたいな、大乱闘!本音言わずにグループが雲散霧消するブラザーズに陥る。

そのため、根は似てる人を集めて、(これは最強チームだわ…)と思えるチームを作るのが一番だと思う。最強チームという自信もあるので、本音をバンバンぶつけあうことができた。チームお湯の皆、ありがとう。

すごいところをすごいと言える

メンバーが全員凄くて、全員を尊敬していた。ロジックやセンスはもちろんのこと、真面目なのにときには大いにふざけられるとかいう切り替えのバランスとか、ふざけるときのセンスとか、皆すごかった。し、メンバーもメンバーで、すごいところをすごいと言っていた。おれはTくんにしきりに「やっぱ地頭いいよな~お前」と言ってたり、おれもEくんから「はやてが作るプレゼンはわかりやすい。とてもいい」て褒められたのを今も覚えている。教頭先生も褒めるのは記憶に残るみたいなこと言っていたし、褒める褒められるのは苦手だけども、でもちゃんとすごいところはすごいというのは大事だと思った。

感謝(昨日本選後の帰りの電車内で打ったメモから)

まず多摩美のEくん。構成とか客観的に見たときの指摘とか、本当に大助かりでした。展示もテレビ出演もあって、本当に大変だったろうに、そんな中でおれのチームでガツガツ取り組んでもらって、本当にありがとう。しかも質疑応答が完璧だし、発表中にみなぎる自信と安定感は、Eくんがいたからこそだと思う。あと真面目に作業する裏で、ふざける時はすげーふざけてて、切り替えすげーなと思った。進路トークするのが楽しみです。

次に多摩美のYくん。相変わらずセンスが抜群に良いし、構成とかイラストで伝えたい要点とか俯瞰して捉えられるし、相変わらずラップがばりうまいし、ギャグセンたまに合うし(作業中に突如発狂して叫ぶの本当に好き)、本当なんなんだ。本当にチームに必要なムードメーカーでした。skypeでYくんだけ音声聞けてなくて、相槌しても全然構ってもらえず本当に悲しかったという話も好き。展示の作品も、あ~そういうことか、みたいなひねりを感じてよかったよ~。また何か作りたいよね。

そしてSFCのTくん。縁の下の力持ち?というか、一次予選から引き続きの安定感がありました。相変わらず地頭が良くて、構成をしっかり入念にチェックして、書いて書いて、作業に次ぐ作業をしてくれてありがとう。頼んだ作業が安定したクオリティで作られてくるので、本当に安心感がありました。本当このメンバーでよかった~と心底思う。おれが「あれ、本番っていつだっけ?」と訊いて、「本番ねぇ… 本番は明日」と返ってくるあの返事もツボでした。あとTくんが一次予選前日に言ってた「おれらの発表は最適じゃないかもしれないけど、最善は尽くしたよね」という言葉は今でも覚えている。

ロジカルと感覚を何度も行き来して、かつ全員作れるので何度も作って…ということに熱心に付き合ってくれて、良い結果が得られたのは、本当に恵まれていたと思う。野生の勘で(この四人で組んだら、絶対に最強チームだよな…)と思って、組みたい組みたい…と半ば衝動的に組んだけど、本当によかったし、メンバー全員尊敬している!

今後

・卒業プロジェクトがんばる(BranCo!に三ヶ月懸けたので、現状本当にマズい)

・就活なんとかする

・自主制作早く完成させる 

昨日は自分へのご褒美で温泉に浸かって本当に最高だった。チームお湯の皆とはこれからも定期的に飲み会で飲むフレンズになりたいと思っている!

BranCo! 準優勝までの振り返り・完>

2017/3/10

見に行った

IAMAS 20周年記念展 CALCULATED IMAGINATION

ICC企画展 アート+コム/ライゾマティクスリサーチ 光と動きの『ポエティクス/ストラクチャー』

◯ー◯◯◯

観たい

グサヴィエ・ドラン≪たかが世界の終わり≫、≪怒り≫、≪WALLE

読みたい

『人間と機械のあいだ』『メディア考古学』

したい

・温泉行く

・桜の咲いた大きめの公園でボートを漕ぐ

谷根千あたりで花見

・明日はラフォーレIAMAS展示とICCのART+COM/ライゾマ展示を見に行く(すっかり昨日のDOMMUNEIAMAS特集に感化されてしまった)

 

最近はずっとBranCo!に向けた準備とか、就活でESとか自己分析とかOB訪問とか説明会とか行っている(部屋にひきこもってるのでだらだら寝ながらやってる)。根無し草のようにぶらぶら生きてるつもりでも、結局自然に淘汰されているな~と実感する。卒業後に代々木上原のマンションに住みたいとか、自立したいとか、一緒に作りたい人とすごいものを作れるかもしれない、という思いを叶えられるので、就活に対して悲観はしていない。

昨日は友人と久しぶりに話した。研究が煮詰まりすぎててやばかったので、研究の話をしてスッとテーマらしき何かが見つかり、これだわ~と思った。が、具体的に何作るかが全然見定められていないのでまずいことに変わりない。

書きツイートと無駄の表象と経歴かるた

書きツイート

ツイートしたくなる瞬間がある。

それは突然襲ってくる。パッと一文、ツイートしたい文章が頭に浮かぶ。それを裏垢でツイートする。たいてい5分以内にいいねがつくかつかない。つかなければすぐに消す。

この過程には、内省のプロセスが欠落してしまっている。では、改めてツイートしたい一文を一度紙面上に書いてみるとどうか。ツイートしたいと思った瞬間と、書き起こすまでの時間と、書き終わるまでの時間に、タイムラグが生じる。そのわずかなタイムラグが、内省のプロセスに繋がりうるのではないか。

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やってみたところ、内省以上に、めんどくささに襲われる。いちいち思った時にノートを取り出し、筆箱を取り出し、シャーペンを取り出す必要があるからだ。数年前の多摩美の卒制で、展示期間中、ずっと巻物にひたすら文字を書き続ける作品があったが、それに通ずる業の行為らしさを感じさせる。 

書きツイートと無駄の表象

そのめんどくささは、義務感も起因している。例えば、こないだTLで見かけたおもしろ動画で、The Cups Songがかかった途端に両手に持っていた物を逆さにする動画があった。

The Cups Songには本来空のコップを逆さにする振り付けがある。朝ごはんをさあ食べようとしていたとき、飲み物片手に助手席でドライブを楽しんでいたとき、The Cups Songがかかりだし、呪いのように、少年は手に持った食べ物を逆さにし、当然食べ物は地面に落ちる。The Cups Songがかかると生じる、食べ物を落とすという義務には、めんどくささがある。

書きツイートも同様で、思いついたら、ノート→筆箱→シャーペンを取り出し、思いついた一文を紙の上に書き起こさなければならない。先述の動画のような、義務感とめんどくささが同居している。

しかも、しらけてしまう。頭に浮かんだときは、獲れたての魚のようにピチピチと生き生きした思いつきが、15分もしないうちに色褪せていく。内省とは本来そのような効能をもたらす行為だが、かえって内省で失われる思考の新鮮さがある。

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ただ改めて見返すと、イチハラヒロコのような、一文一文の"主張"としての威力が感じられる。

経歴かるた

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ところで昨日思いついた。著名なデザイナーやアーティストの顔写真が取り札。経歴が書かれた札が読み札。顔写真から感じられる経歴の気配の違いを感じ取れる。顔写真に潜む学歴社会。